リラクセーションに必要なこと
- 2011.02.23 | 自己実現/自己向上
ニュージーランド地震の被災者の方々で
まだ、連絡がとれない人の安全を祈念するばかりです。
人間の精神運動
私たちは絶えず私たちの多くの分裂とそれらの統一という運動において成り立っている。
真なるものとは区別や運動を生み出し、主体的であるということは、自分が自分を動かすこと、自覚的に運動することである。(行動変容を考えよう)
(結果を原因側へ戻すことを考えよう。実体は現象にあらず!)
実体の内容が展開されるためには、自らが他のものとならなければならない。これは一つの変容であり、変化である。(崩壊と統合)
AはBとなるという場合にはじめて内容が展開される。
例えば、子供が大人になる、女性が妻になる、男性が夫になる。「なる」というのは、たとえば子供が大人になることによって、その主体の内容が展開され自覚される。子供の中にはすでに可能性(目的)として大人が潜んでいる。
それが大人になることによって現実的になる。子供は子供ではないものになることによって、同じ主体の一過性として位置付けられる。こうしてその主体は媒介されるのである。媒介とは、自分を運動させながら自分自身の同一性を保っていることをいう。
目標のステップ
第一段階=自分の欲望を満たす(利己)
第二段階=社会の欲求を満たす⇒社会的実践。目的(利他の一致)
第三段階=人が無理だと考える理想の事柄を成し遂げようとする
(公・倫理に基づく)
目標(時間的展望)
現在という自覚(何を伸ばし何を発展させればよいのか)は、未来を見据えている。もし、現在からの連続的な世界(展望)が具体的観念としてなければ、現在の自己の位置づけが分からない。そして、唯一自覚できる過去の観念の中に縛られてしまう。
人間は、承認され、自己の存在を求められることを必要としている。
しかし、自分が認められていないという自覚があれば、自分が過去から緊縛を受ける。そして、そのきつい縛りを解こうと途方に暮れる。
(こうなれば徒手空拳、行動が刹那的)
では、この自覚は、誰(何)から認められれば良いのか?
富や名声、地位を得ようとすることも、発明や社会貢献を成すのもその原動力は自分を他者から認めさせるため。資本主義社会はこの点で成功している。しかし…。一方で資本主義の結果は?
(成功≠幸福・幸福≒人格性・GDPからGDHへ・さらに自分自身が幸福か?…)