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共依存概念の発展と社会学的定義


共依存概念の発展と社会学的定義

 それまでは、あくまでも「嗜癖者」が先に存在しているという状況においての「反応的」な行為として取り扱われていたものに対して、ひとたび「共依存」という独立した言葉が与えられると、実は共依存こそが病理の本質、つまり一次的な現象であり、アルコール依存症や薬物依存などの物質への嗜癖は、根源的な関係性の病理を修飾する二次的な現象に過ぎなかった、という認識上の大転換が起きることになった。


 このような共依存概念の発展的解釈について、もっとも肯定的な立場をとる一人である A.W.シェフは、その認識上の転換を踏まえて、嗜癖行動の仕組みを以下のように整理している。彼女は、嗜癖のうちのアルコールや薬物や食料のような物質の摂取を内容とするものを「物質嗜癖」、ギャンブルや仕事や買い物などの行為の過程を内容とするものを「過程嗜癖」と分類し、さらにこれらの嗜癖の基盤として、人間関係の嗜癖である「関係嗜癖」を想定している。そして、この「関係嗜癖」の基本型が「共依存」というのである。(Schaef[1987=1993:28-41])


 共依存概念の成立が、アルコール依存症の臨床現場での「イネイブラー」から、「コ・アルコホリック」を経て「共依存」へという背景をもっているがゆえに、今もなおそれぞれの研究者の立場から、共依存の定義としてさまざまなものが出されている*10のは事実である。しかし、1989年にアメリカにおいて最初の共依存についての会議(the First National Conference on Codependency)が開かれ、20人以上の高名なセラピストや理論家たちによって、共依存は症状のカテゴリーとして認められ、


そこで共依存は「安全感とアイデンティティと自己価値感を得るための、強迫的な行動と承認探究に対する、苦痛をともなう依存のパターン」と定義された(Mckay[1995:221])。この定義からもわかるように、現在アメリカでは、共依存概念は、物質嗜癖者とのかかわりという文脈を超えたところで、あくまでも人間関係のあり方の基礎をなすものとしての「関係性の病理」として、あらゆる社会生活の場面において、広く適用されるに至っている。

 このような共依存概念の発展を考慮したうえで、筆者が社会学的概念として本論文で扱おうとしているのは、「関係性そのものが嗜癖の対象となっている」ような関係性を称しての「共依存」である。A.ギデンズも、共依存概念がアルコール依存症やその他の薬物依存症の治療現場から出てきた概念にもかかわらず、その発展の過程において、必ずしも物質嗜癖そのものとの関連は問題ではなくなってきているという、共依存概念の発展にともなう混乱を指摘し、そこから関係性の相互行為的特質を取り出して、共依存を次のように定義している。

 

   共依存症*11の《人》とは、生きる上での安心感を維持するた

  めに、自分が求めているものを明確にしてくれる相手を、一人

  ないし複数必要としている人間である。つまり、共依存症者は、

  相手の要求に一身を捧げていかなければ、みずからに自信を持

  つことができないのである。共依存的《関係性》は、同じよう

  な類の衝動的強迫性に活動が支配されている相手と、心理的に

  強く結び付いている間柄なのである。(Giddens[1992=1995:135])


 

 共依存概念をこのように関係性についての嗜癖としてとらえなおすとき、それはあらゆる社会的場面において、人間が対他関係を取り結んでいくさいの、社会的関係性のあり方という視点から考察することが可能になる。また、「アメリカの全人口の96%は共依存*12」と指摘されるような状況から、共依存をある集団の大多数の成員が共有している性格構造、すなわち社会的性格として扱うことによって、人びとがそのような関係性をもつに至った心理的、社会的背景を分析することは、現代社会を理解する大きな手助けになると思われる。


 このようなマクロな視点による共依存の分析は、すでにアメリカを中心に始まっている。 A.W.シェフは「共依存は、それ自体とても興味深い病気です。それは私たちの文化によって支えられているだけではなく、文化の中で積極的な機能を果たしているのです。つまり、嗜癖システムに順応している限り、共依存的にならざるを得ず、共依存はシステムにとって、一つの規範としての機能を果たしているのです(Schaef[1987=1993:42])」と述べ、共依存を積極的に文化、社会的なコンテクストにおいてとらえようとしている。また A.ギデンズは、嗜癖的関係性に影響を及ぼしている構造的変容に着目しており、「関係性の変容」という歴史的な流れのなかでの一段階として、共依存的関係性をとらえているのである。