身心の無駄な力を抜き去る・・・身心脱落。

 

精神性を「しずかに、ゆっくり、ふかく」沈静化させるには、

生理的な時間(内的時間)も「しずかに、ゆっくり」と動かなくては

なりません。

まさに、心身一如。

 

禅の道元は心の問題だけでなく

体の問題からも解放させる必要性を述べています。

 

「自己をならうとは自己を忘るるなり」

 

自分自身の心身の執着から生まれる

あらゆる悩みから脱却したことを「身心脱落」と説いたのです。

 

いわゆる「空」の境地です。