「人として生まれ、人間として育つ」と言われますが、

狼に育てられると人は、狼のような習性を身につけてしまいます。


人間になるには、学習が必要なのです。

それは生活の中で何かを学び取っていくということで、

それがないと、生活は豊かになっていきません。


その意味では、生活体験に意味を見出していく「自己受容」の姿勢は、

人間としての成長に不可欠なものだと言えます。



 道徳観念の例でいいますと、

「会社をやめることが、善いことなのか、悪いことなのか」、

「離婚することはどうか」、「自分の今していることはどうか」など、

我々は常に善悪のことを考えて悩みます。



常識や他人の意見に従うばかりで、自分の価値観を育てていないと、

「自分がやろうとしていることは間違いではないか」といつも不安をかかえ、

悩むことになり、幸せになれません。



転職にしろ、離婚にしろ、その人にとって善いか悪いかは、

結局、自分で判断するしかありません。そういう意味では、

「よかれと思うことは、すべきことなのだ」と、

自分の判断に自信を持つ必要があります。そうでない人間は、

他人の価値観に振り回されて、ガラスのように砕けてしまいます。



そのためには、個人レベルで自分の価値観を育てることが大切です。

まず、判断の基準となる知識、知性を持たなければなりませんし、

道徳観に関して訓練をしていく必要があります。

それを学び取る場所が生活の場所なのです。


身体がリラックスして考えることができる価値観は、

自分にとって、非常によいことなのですが、

逆に、そのことについて考えていくと、

体調がだんだん悪くなって病気になってしまうとか、

自分がよかれと思ってやっているのに、

身体が緊張していく、ということがあったら、

その価値観や行動は、自分の中で、まだ消化できていないということです。


病気によって、自分自身の潜在的な声を聞くことができるのです。

ですから、そのことが、自分が身につけたいこと、

やりたいことであれば、自然に力が抜けるまで、

繰り返し自分自身をリラクセーションしながら、行っていくことです。

それが道徳的訓練ということになります。