執着について

 私たちは、歯がゆいときは怒っていいですし、悲しいときは泣いてもいい、おかしいときは笑えばいいのです。まさしく、天候と一緒です。ホメオスターシスに任せておくのです。だからこそ、私たちは自分らしく生きられるのです。


 しかし、問題は「執着」です。その感情に捕まってしまうことが問題なのです。いつも幸せがいいといっても、そんな事はありえません。


 自分で幸せだなと思っている人は、大変、辛いことを経てきた方なのです。その辛い中で、一生懸命にやってきて、そこを通ったことで、今、「生きていてよかったな。幸せだな」と感じるのです。それが、ホメオスターシスです。


 ですから、一切、何ものにも捉われずに、感情を解放しよう、心を解放しようというのがバランスセラピーの理論です。



釈尊と矢のたとえ

人間には執着というものがあります。釈尊が例え話で「どこからか矢が飛んで来て、人間に刺さった時、すぐに抜かなければならないのに、人間は、矢がどこから飛んで来たのだろうか、誰が放った矢なのだろうかなどと、あらゆることを考えて続けている」と語っていますが、それは、刺さった矢をどんどん増やしているようなものだと言っているのです。


ストレス学のエッセンス@美野田啓二   バランスセラピー学のすすめ

「刺さった矢が痛いのは当然だ」「憎しみや怒りは当然だ」と言っているのです。人間ですから悩んだり、憎んだりしてもいいのです。ある意味では安心して、しっかりと悩んでもいいのだということです。


しかし、そこにばかりいてもしょうがないですから、知恵を出して、なぜそうなったのかを考え、その矢を早く抜き去るのです。


つまり、その悩みや憎しみに執着しないで、それをどう乗り越えていくかという「知恵」を持たなければいけないのです。