ストレスが家族をむしばむ

 家族を考える上で、ストレスを決して見逃すことはできません。無理なストレスから発生する怒り感情、イライラ、不安感、疲労感、無気力などは家族の絆や暖かい営みを破壊させていきます。

家族の絆を強め、暖かい家族を構築していくには、無理なストレスに気づき、ストレスをコントロールしていくことが求められます。

 

家族の絆

 家族関係の悩みの多くは、自分と異なる他者を自分の手の届くところに管理したり、支配したりしようとすることにあります。自分と違うことが許せず、自分の思いどおりにしようとします。自分と違う考えがあることが存在することが我慢ならない。そうすると相互に理解し合おうとすることは、いつしか理解しえないものを排除し攻撃する言動となってしまい、相互理解には到達できません。そして気づかないうちに、いつの間にか、愛であるはずのものは、相手を支配しあう、所有する愛となってしまいます。真の意味で家族の絆を強めるには、家族を構成するそれぞれの人のそれぞれの自己成長が必要になります。

 

自己成長を考える

私たちが義務教育で受ける知識の多くは、一定不変の知識であり、その知識をもって、刻々と変化する自己や自己の周りとの関係をどう考え、どう乗り換えるかという実践的理解、あるいは、自己成長的なものではありません。具体的な社会生活で必要な知識は、社会に適応していくための、知恵であり、感性なのです。

ラングランは、大人と子どもの教育上の違いは、外からの強制であるとしています。つまり、子どもの教育は外発的であり、大人は内発的であるという意味です。大人は子どもと違い、教育の目標も教育内容も自分自身で教育しなければなりません。生涯教育は、自分自身で「教育」の意味を自覚しなければ始まらないのです。

いつでも始められるし、いつでもやめられます。また、全くしないという選択もあり得る先進国の教育制度は、「学校は教育の終わり」という固定観念が根強く作られていて、その伝統にしがみついているのではないでしょうか。

発達心理学のジャン・ピアジェは「子どもは大人の親だ」といい、生涯教育の提唱者のポール・ラングランは「大人は子どもの相続人だ」と述べました。当たり前ですが、私たちは、子どもから大人になります。もっと突き詰めれば、人として生まれ、人生で誰も経験することを考え、乗り越えながら行動しながら育っていくのです。

 

今、何を学べばよいのか

近年、学校教育で「道徳」の授業の必要性がいわれるようになりました。文部科学省は、児童生徒が、生命を大切にする心や他人を思いやる心、善悪の判断などの規範意識等の道徳性を身に付けることはとても重要だと伝えています。いったい、道徳とは何でしょうか。カントは「道徳」について、「道徳」は『どうしたら幸せになれるのか』ではなく、『どうしたら幸せに値するような人間になれるか』ということについての教えだと述べています。カントは、財産や健康や身分などを「幸福の賜物」と呼んでいて、それは人間の行いの是非によるものではなく、いわば偶然にあたえられたものと考えることができる。われわれの道徳行為と幸福は全くといっていいほど無関係であることを彼は主張しているのです。

 

大人の成長が大切

私たちは、自分や他者からの欲求に耐えられなくなる時があります。子どもは、親や先生、友だちの期待に応えようと頑張っています。親は、子どもを立派な大人にしなければならないと社会からの期待に応えようとします。自分のやりたいことを犠牲にしながら、大切なものを我慢しながら周りの期待どおりに生きることを強いられることも少なくありません。この点に、ストレスケア教育の発展に対する越えなければならない壁があります。そういう意味では、義務教育の現場で、生ストレスケア教育の普及に努めることに合わせて、家庭の中で、親自身がストレスケア教育に取り組む必要が是非ともあると考えるのです。なぜなら、子どもに対する教育に最も効果的なアプローチは、大人から変化することなのです。

 

人生の展望

家族はパーソナリティーを作る場として重要な役割を担います。家族の成員のパーソナリティーは「生まれる」ものではなく、「つくられ」なければなりません。 家族の基本的な機能のうちで、基本的でこれ以上、減らすことができないものとして、子どもが、自分の生まれついた社会のメンバーとなれるように、子どもから大人への基礎的な社会化があります。子どもにとって、家族は適応すべき場であり、その延長上に、大人となって社会に適応しなければならない課題があります。ストレスケア教育とは、自分自身を人生の高みに到らせるという自己実現的な動機づけが必要であり、積極的に生きることを選択できた人にとって意味あるものになります。したがって、大人が自分の人生への展望を喪失させれば、人生の意味を失うと同時に、自己教育への意味も失うことになります。ストレスケア教育の発展には、大人自身の人生の時間的展望を明確に、かつ、幸福なものにしなければならないのです。

 

家族の幸福とリラクセーション

小さな子どもは、自分の欲求でいっぱいの頭の中の世界と現実の世界が区別できません。何か欲しいものがあるときに、それが手に入らないと叫ぶように泣き出します。理想と現実の区別がつかないのです。このような幼い心を持った人は少なくありません。過保護に育てられ、欲しいものは何でも与えられ、愛情を受け取るだけの環境で育った人たちです。そういう人は、たいてい愛情枯渇者として、欲求不満を撒き散らしながら生活しています。そして、自由が欲しいと訴えてきます。欲求不満を持っている人の欲している自由とは、何にも妨げられないで、したいことをすることです。これでは、動物と同じで、快楽を求め、苦痛を避けようとしているだけで、本当の自由ではありません。なぜなら、それは生理的欲求と欲望の奴隷として行動しているからです。自由な行動とは、自分で考え、そのとおりに行動することです。それは、他人からの強制でも、社会の因習でもなく、本能の命令でもありません。自分自身に課した法則、自分の作った目標に従って行動することなのです。

 

ストレス耐性を強める

リラクセーションプログラムを実践することによってストレスに対する抵抗力を高めているという作用があります。単に苦痛や困難を回避する、安らぎや癒しがブームになっていますが、単に安らぎを与えているだけでは人生のストレッサーに対する抵抗力が失われていくのではないでしょうか。

たとえば、大人が子どもを大切に育てるというのは、大切という意味は負担をかけないように育てるという具合に考えてみましょう。その結果、子どものストレス耐性が低下しています。皆さんもご存知のようにいろいろな問題の発生につながっています。

現在のカウンセリング、あるいはメンタルケアというものは、相談に来る人に心の安らぎを与え、癒すということを行っている反面、人の即効的で実利重視の傾向や依存性を高める側面があります。もう少し具体的にいえば人のストレスに対する抵抗力を弱める副作用もあると考えてみることも必要です。

 

ストレスケアカウンセリングと自己成長

ストレスケアカウンセリングは「認知および行動」に好ましい影響を与える体系的な学術です。また、ストレスに関しては、弛緩した静穏な状態を自ら作り出す方法ともいえます。その目標は一方では、現在とらわれている差し迫った不安や恐怖の解消と軽減であり、他方では、現在の状態の改善に引き続き、さらに望ましい状態を目指す、よりよき自己実現を図ることです。人間は心だけで成り立っているわけではありません。人間のもう1つの要素、身体の存在を私たちは忘れています。「我われの精神は、我われの肉体そのものである」ドイツの哲学者(ニーチェ・1844 −1900)の言葉です。私たちの心は、身体という土台の上に立っています。土台の基礎が傾けば、堅牢なビルも簡単に傾きます。これと同様に、心も身体の状態に大きく左右されます。明るい心、楽しい心、前向きな心になろうとしても、土台である身体のバランスが失われていれば、私たちの心はイキイキできないのです。

ストレスによって発生する様々な心理的、身体的問題を改善させるためには、疲労している脳中枢を活性させることが重要です。まずは脳中枢を活性させ、身体全体のバランスを回復させなければなりません。なぜなら、ストレスは、心の問題ではなく、身体に起きている無理な状態であるからです。

 

ケアの意味

現代社会がストレスに満ちているだけに、私たちがより幸福に生きるためには、ストレスを望ましい方向にケアすることにおいて他にないといえます。

近年、ケアという言葉がよく使われる時代になりました。看護ケア、介護ケア、ターミナルケア(末期がんなど、治癒困難な患者と家族を対象とする、身体・精神両面の終末期ケア)という分野で使われることが多いため、医療や福祉分野の言葉のイメージがあります。しかし、ケアとはケアから連想される特定の職業層のための言葉ではなく、その人が成長すること、あるいは、自己実現をすることを援助することです。ケアは、ケアされる人だけでなく。ケアする人も成長することが必要です。自分のため、他者のため、社会のために仕事をする、すべての人にとってケアとは、単なる「サービス」のようなものでは決してありません。ケアとは、人が生きる上で本質的な営みであるといえます。家族のストレスケアは、問題を改善するために、ストレス因子である心理社会的問題をどう考えどう乗り越えるかを自分自身で開始し、遂行する諸活動の実践です。さらに、「家族ケア」の中心概念は、家族を構成する人が、幸福や健康の決定要素をコントロールすることによってストレスを軽減させ、環境に対応することによって、幸福や健康の改善を可能にするプロセスです。したがって家族ケアの発展は、「すべての人があらゆる生活の場で幸福や健康を享受することのできる社会」の実現を果たしていくことになります。また、ストレスケアにおける「健康」は生きる目的ではなく、日々の生活を「幸福に過ごす」ための自己実現的資源であり、ストレスのリスク因子を回避する社会的資源であることを強調した積極的な概念になります。

 

家族のしあわせとストレスケア

「幸せ」という文字は、自分の生活環境が良くなって行くことではなく、自分や家族が体験して行くことに「仕える」という意味です。いいことも、そうでないことにも、体験して行くことを一々区別せず、それぞれに、ありのままに「仕えて行く」ことが家族の幸福の原理であるといえます。問題を解決することは大切なことですが、問題の中で生きることはもっと大切です。実際に、私たちが直面している問題は、なぜ、そのようなことが起きているのかがハッキリと理由が分からないものが多いのです。私たちが考えているより、ずっと複雑で様々な因子が絡み合っています。誰かのせいにしたり、目に見えている問題だけを取り扱ったりしているだけでは、本質的なものから離れてしまいます。ここが悪いので、これを取り除けば解決するというのは、外科手術的な対処療法です。問題の排除、無害化をするだけで、人間性に焦点が届かずに根本的な改善にはならないのです。ストレスケアの知識・技術を身に付けようとすることによって、まず、自分自身が変り、それがいつしか家族を変えていくことになります。

 

 

実証研究

 

児童生徒のストレス状態の実態把握 支えあう人間関係を育む支援のあり方を求めて

佐賀市児童生徒理解推進委員会 佐賀市教育研究所 佐賀市教育委員会 学生教育課2008. 小学校59人、中学校434人の合計493人に対してストレス実態調査を質問票(心の様子16項目・体の様子17項目)で行った。その結果、質問票の得点が高い子どもは、教師から見ても気にかかる子どもであることが多かった。また、普段は何事にも真面目で一生懸命頑張っていると思える子どもが、ストレス過多に該当する場合もあった。 児童にホメオストレッチ(肩の操作のみ)を行うことで、質問票(BTU)の33項目の殆どに改善効果が確認できた。また、朝の時間にホメオストレッチ(肩の操作のみ)を行うことで、心身が楽になりその後の授業やテストにも集中して落ち着いて取り組めた。今後、教育活動への効果へも大きく期待できると考える。

 

 

小学生のストレスケア研究報告 東京大学医学部心療内科  BTU 2004.1~2005.1

小学生児童にも広がるストレス反応を緩和させることを目的として、小学校高学年児童(146名)に対し、リラクセーション法のひとつであるホメオストレッチを行った。7回目のホメオストレッチまでには、全身の筋バランスを整えるというホメオストレッチの本来の効果が現れ、それとともに、心理面のストレス反応であるうつ・不安、不機嫌・怒りの改善がみられた。これにより、小学生児童に対するホメオストレッチのストレス反応緩和における有効性が示された。ホメオストレッチ終了後のフォローアップ期間においても各指標とも悪化せず、効果の持続が示された。

 

少年院入院者におけるホメオストレッチの効果の検討2 International Journal of Behavioral Medicine Psychological Effects of the Muscle Relaxation on Juvenile Delinquents 東京大学大学院医学系研究科ストレス防御・心身医学・熊野宏昭 東北大学大学院医学系研究科人間行動学分野・中谷直樹 BTU・美野田啓二 国際行動医学ジャーナル(日本行動療法学会荒記賞受賞)2000.08

ホメオストレッチは非行少年に対するフラストレーション耐性のいくつかの様相を改善すると示唆される。私たちの研究は、非行少年の大きなサンプルを備え、無作為化された試みの治療教育に関する大きなヒントを今後与えていく。

 

保健室にホメオストレッチを活用して 養護教員

2004.03 1996 年~2000年の5年間に公立小学校の保健室を利用した男児41名、女児28名の合計69名についてホメオストレッチの効果の検討を行った。主な主訴は、頭痛、腹痛、気分不良、その他の身体症状であった。保健室の利用後に早退や保健室の再訪率は15~20%である。このような中で、保健室を来訪した子どもにホメオストレッチを実施した場合に、95%が教室へ元気に戻ることができた。筋バランス(姿勢)の改善率は介入した子どもの87%に効果が確認された。

 

 

本文は「21世紀に生きる家族のしあわせ」から引用