信じているということは、体に無駄な力がない。

一方、期待は考え(識別)によって起きる。

期待の根っこには疑いがある。



だから、情緒的、身体的緊張を伴っている。

 信じるということは、未経験、未確認なことを

受け入れることで、考えることではない。



信じるにためは、優れた感性がいる。

感性は常に直観的である。



理論に導き出された答えが、

体が感知した答えより正しいとは限らない。

いくら考えても考えつかないことはごまんとある。



そういう時は体に聞くしかない。

体はなんとしても生きようとする。

心が命じる前に、摂理に従って動いている。



 生理学的リラクセーション状態を作り出すことは、

直観を引き出し、伸ばし、発展させていく。

つづきは、有朋会131日に。