自分が相手を助けたい、


相手の病気を治したいという


自我が我々にはある。



その「治療的自我」が強すぎると


相手に対して望ましい援助ができなくなる。


リラクセーションにも限界があるのに、


治療的自我が強すぎると、


医学的な専門知識もないままに


症状に深く立ち入ってしまったり、


自分の達成感のために関わってしまう危険性がある。



相談者が、思考や生活習慣の改善へ


興味が持てない場合は、


我々は援助できないので、


他の方法を勧めることも我々の役割になる。


治療することが目的ではなく、


生活体験を良く導くことが我々の役割である。