過度なストレスは、脳や身体を破壊していくエネルギーです。


ストレスによる脳の機能的な歪みは、病気をつくるだけではありません。


イライラや集中力の低下がストレスの特徴とされることからもわかるように、眼に見えない形で、私たちの心の持ち方、思考や行動に大きな影響を及ぼします。

感情の抑制が利かない、無感動、無気力に陥る。

考え方や好みが偏る。

イキイキとした興味や好奇心が減退する。

集中力がなくなり、思考力や記憶力が鈍る。

頑固になる、癖や習慣から抜け出せなくなる。

柔軟性が欠如し、従来の生き方を変えられない。

性格の極端化

不平不満など、

つまり、人生の正しい選択や、バランスのとれた適切な行動が難しくなるのです。「なりたい自分」から遠ざかるとも言えるし、不幸になる道を選びやすくなるといってもよいでしょう。


この意味でも、ストレスは不幸の別名なのです。次の表は、ストレスからくる心身の反応です。


日常生活でもよく見られる、ありふれた「予兆」から不登校や出社拒否などのケースを含んでいます。



ストレス反応自体は些細でも、その背後には、人生を破壊するひずんだエネルギーが必ず存在しています。



 医学(科学)は、症状を取り除く、とりわけ急性期の症状を取り除くことを目的として発達しています。


そこに現れている症状と、その原因の因果関係を合理的に把握し、原因を除去することによって症状をなくすのが、医学的なアプローチです。


したがって、手術という合理的な手段で、スパッと原因を除去してしまう外科医が、医者らしい医者であると見られています。



しかし、明確な原因を特定できない「ストレス病」が、増加傾向にあるのはどうしてでしようか。


待合室に集まる高齢者の「病」にはどんな原因があるのか、保健室登校や不登校の子供たち、頑張り過ぎてうつ状態になり出社できないエリートサラリーマン、嫌いな上司のせいで起こる頭痛の原因などには、合理的な因果関係が把握しにくく、たとえ把握できたとしても、手術や薬では解決できません。なぜならその原因は、私たちの生き方、ものの考え方や感じ方と深く関わっているからです。




多くの「病」は、人生で誰もが乗り越えなければならない諸問題を乗り越えられないところから起きていると考えてみる必要があります。



 問題は医学(科学)の限界ではなく、これまでの医学とは別の領域、あるいは隣接したところに、別の形のケアが必要とされてきていることです。