生き方を見直す自己受容




自己受容とは、「自分のありようをそのまま受け入れること」と心理学系の辞書にあります。


また、自己受容は自尊意識に置き換えられることもあります。しかし、この意味を実践的に理解するには、ある程度の訓練が必要です。


なぜならば、大学で心理学を専攻して「自己受容」という言葉を知っても、単なる知的な理解に留まり、それを実践的に活用しなければ、これを生活で活用することができません。


行動が伴わない知識は、ある意味で害になることもあります。




自己受容という言葉をカウンセリングに応用したのは、傾聴を提唱したロジャーズ(19021987)です。


彼は「価値ある人間として非難より、むしろ尊敬に値するものとして自分を知覚すること」であり、「自分の基準を他人の態度や願望に基づいたものでなく、自分の経験に基づくものである」と定義しています。


しかし、自己受容については、先行研究において共通した定義は見当たりません。




自己受容を考えるうえでの問題は、自分と他者の位置関係です。自分側でもなく、他者側でもない、この両極から離れることが「ありのまま」の状態です。 




受容の立ち位置に必要なことは、人間にある強い識別作用を知ることから理解しなければなりません。


識別作用は、良い悪い、好き嫌い、成功失敗、健康病気、過去、現在、未来などを区別することです。


この区別がもう一つの対象と対立を起こします。対立は一方を否定することになりますので、やがて怒りの感情になり、戦うか、逃げるかのストレス反応の主因となっているのです。




自己受容は、「極端でなく、偏らず、ありのまま」であり、それを中道と述べたのは釈尊であります。


「ありのまま」とは、どちらつかず、宙ぶらりんといったなまぬるい態度ではなく、独自の自主的な行動のことです。


自分が体験することへの消極的な回避ではなく、むしろ積極的な行動なのです。したがって、自己受容には、健康な心身が必要になります。



つまり、自己受容の能力を高めることは、ストレス反応そのもののコントロールをすることになるのです。




先行研究によれば、自己受容の可能な人は、豊かな自己理解、内面の安定性、適度な自尊意識、他者尊重、円滑な人間関係をとることができるとしています。


しかし、ここで気をつけなければならないことがあります。


それは、こうした自己受容の態度は、その人の日常の生活に対する満足度と関係していることです。


日常の生活への満足度が高ければ、周りへの脅威を感じることなく生活できるわけです。


つまり、生活の質が高ければ、それだけ自己を受け入れやすい環境になります。こういった環境要因から得られた「自己受容もどき」には自律性がありません。


自己受容は個人要因に起因する、自ら調整する作用を持ったものでなくてはならないのです。


そこで、ストレスケアにおける自己受容の定義を改めて示しておきます。




「自分自身に起きる一切の体験に無駄なことはない。その体験には、自分自身の人生を成長させる意味や価値が含まれている。」 




人間本来の識別作用から離れること。自分の体験することに「良いも悪いもない」自分の存在を唯一の存在とすれば、またその体験も唯一無二であります。


自分自身と分離することはできない、自分自身は体験であり、体験は即ち自分自身である。


この「自即他」を知ることが、自己受容を知ることになります。