ストレスは、いわば生き物の宿命です。それがなければ、生命を脅かす危機に対処できなくなり、その生物は滅びるしかありません。というよりも危機管理態勢を欠いた生命は、最初から生存の可能性を奪われます。このようなストレスが、なぜ私たちの身心を危険なものになってしまうのでしょうか。



 体をゴム風船と考えると、その理由がよくわかります。限度いっぱいまで膨らませた風船は、伸びきったゴムがすぐ疲労を起こし、何日もたたずに萎んでしまいます。吹き込んだ空気が「刺激・ストレッサー」、内部に生じた高い気圧が「歪力・ストレス」です。ストレスが続くと、風船のゴムにように私たちの身体(脳)も疲弊し、さまざまな機能が衰えてくるのです。



 実際、ストレス時の身体は、この風船と同じような高エネルギー状態にあります。自分を守るために必要なエネルギーが満ちている。具体的に言うと、激しく動けるように筋肉が収縮力を増し緊張をします。ブドウ糖が血液中にあふれている。その血液を素早く全身に送り出せるように心臓が激しく動いて、血圧が上昇する。この状態は、エネルギーの力学的に、いっぱいに膨らんだ風船と変わりません。



 猛獣に出会った私たちの祖先は、そこで戦うか逃げるか、いずれにしても筋肉を酷使しました。飢えた猛獣にかみ殺されない限り、筋肉運動によって、全身にあふれたエネルギーを消費し高エネルギー状態は一時的に解消されます。



 それなら私たちの祖先は、心身症やストレス病と無縁だったかというと、必ずしも断言はできません。


例えば、夜の闇は、彼らにとって大きな恐怖だったはずです。冬の雪に埋もれた野山は、飢餓に対する底知れぬ不安を引き起こしたでしょう。そうした恐怖や不安は猛獣と違い、相手が見えません。対象のない恐怖や不安です。


それは、筋肉運動では解決しない。しかし、人間の脳、とりわけ、生理的変化をコントロールしている脳幹、人間の脳の中で最も古く、脳の中枢部はそのことを理解しません。


猛獣と遭遇したときと同様の危機と認識し、高エネルギー状態を作り出すのです。「夜の闇」や「はてしない雪原」という具体的なエピソードは無視して、非特異的に反応します。


何万年前にも心身症やストレス病はありました。ただ、筋肉運動(戦うか・逃げるか)で解決できない危機は、私たちが暮らす現代社会のほうが圧倒的に多くなっているのです。