ストレスという言葉は日常用語化しています。小学生低学年の子どもから、おじいちゃん、おばあちゃんに至るまで「最近ストレスが多くてね」という言葉をよく耳にします。


私たちは、「ストレス」の意味を正しく理解しているでしょうか。言葉がポピュラーである割に、いやポピュラーであるからこそ、正しい理解のないまま、間違って使われることが多いと思います。


例えば、「ストレスがたまる」という表現を耳にします。これはイライラや欲求不満が高じることを意味するようです。


そこで、問題になっているのは、私たちの気分や心理状態です。ですからストレス対策というと、まず気分転換が勧められます。


映画や音楽、買い物、おしゃべり、スポーツ、良好などなど。つまり、目先を他に向けて気分を切り替えれば、ストレス解消になるのだと考えられています。確かにそうした気分転換の方法を持っている人ほど、暮らし方が単調にならず、メリハリのある精神生活を営みことができるでしょう。



しかし、気分を変えてもストレスは解消しません。なぜならイライラした気分とか欲求不満の心理状態は、ストレスそのものではないからです。


それらはむしろストレスの結果です。ストレスによって生じた身体的生理的な変化の影響が、心理的に現れたに過ぎません。表層的な気分を変えても、心と体の深いところには相変わらずストレスという強力なトラブルメーカーが居すっています。



 ストレスという言葉はもともと物理の用語です。「物体が荷重を受けたとき、荷重に応じて物体の内部に生じる抵抗力のことで、物理の世界では「応力」とか「歪力」という訳語が使われています。


分かりやすく言うと、ゴムボールを押したときに、その強さに応じて生じるボールの抵抗力です。外からの圧迫で、ボール内の圧力が高まるところをイメージすると分かりやすいでしょう。


 そうした物理の力学を、アメリカの生理学者ウォルター・キャノン(18711945)は生体にあてはめました。


刺激という荷重を受けた生体には、一定の抵抗力が生まれると考えたのです。寒冷や失血、低酸素などの刺激に対し、生体はアドレナリンの分泌、血管の収縮、血圧の上昇などの生理的抵抗力を生じるとキャノンは指摘しました。



 ストレスということばを今日のような、「生体が刺激を受けたときに、生体に生じる歪み」という意味で、最初に用いたのはカナダの内分泌学者ハンス・セリエ(19071982)でした。



1936年に「ネイチャー」誌に発表した論文の中で、セリエはその歪み特徴を、「刺激が誘発する非特異的で、多様かつ定型的な諸反応」と述べています。つまり、刺激の種類とは無関係に、いろいろな変化が一定の反応パターンで全身的に生じるということです。


その具体的な例として挙げられたのが、有名な三徴候である非特異的反応である副腎皮質の肥大、胸腺、リンパ節、すい臓の萎縮、胃内壁からの出血と腫瘍です。



セリエのストレス学説には欠かせない「非特異的反応」と「ストレス」という語句は、有害な原因という意味に変えられ、ストレスではなく「各種有害原因によって引き起こされた症候群」という表題で、わずかに70行あまりの論文でした。




何事も、はじめての事柄には、従来の概念によって整理されていくことを経験したセリエは、憤りを感じたに違いありません。



しかし、この論文によってセリエはストレス学の祖とされ、その考え方はいまもストレス研究の土台になっています。


まだ戦後が残っていた1957年(昭和32年)41日、ストレスという言葉も知られていないとき、モントリオール大学教授、ハンス・セリエがストレス理論の紹介のために訪日しています。


日本人がストレスという言葉に出会って半世紀が過ぎました。今まで50年はストレスを知る時代であったといえます。


しかし、これから50年はストレスを理解し、コントロールしていく時代であると言えます。