しかし、実際にわれわれが生活をしているこの現代社会のなかで、他者からの評価を得ることによってみずからの存在の意義を手に入れようと必死になっているのは、何も特殊な人びとに限られたことではない。いまやわれわれは、外部からの徹底的な評価によって管理され、「品質」ごとに階層分化されるようになっている。そのような社会において重要なのは、外部にある評価規準によって、自分が「どのように評価されているか」ということなのであり、少しでも高い評価を得ようとして、われわれはみずからの「品質」を上げることを生きる目標にしさえする。そのようなわれわれの生きる、現代社会での一場面を斎藤学は次のように描写している。

 

   少女たちが彼女たちの身体を客体化し、異性にとっての“良

  い製品”である自己を作り出すことに汲々としている間、彼女

  たちの父親や母親は職場にとっての良い働き手、家族にとって

  の良い母を演じ続けて倦まない。職場に過剰適応している多く

  の父親たちは、それによる苦痛を感じることもないという点で、

  彼らの娘たちよりも危険なところにいる。彼ら仕事依存者たち

  は、そうした夫にひたすら奉仕する共依存的な妻たちの期待に

  応えて、ひたすら働き、豊かな人間関係と、成熟した自己洞察

  を失って行く。今の社会の“健全な”家族のなかで営まれてい

  るのは、この種の“非健全”である。子供たちは、職場での成

  績にしか生きがいを見出せない仕事依存的な父親と、彼に奉仕

  しながら支配する母親を見ながら家族という“居心地の良い牢

  獄”の中で成長し、他者から評価されることでしか自己を実感

  できない人に育つ。学校制度はこの種の空虚な人格の養成を主

  な機能とし、その規範に同調する生徒は、次の世代の役割ロボ

  ットとして合格品と判定される。(Schaef[1987=1993:xvi])

 

 このように、共依存者の特徴だとされている「自分の存在意義を手に入れるための他者からの承認獲得欲求」は、現代社会のあらゆる場面で見られる現象ともいえるのである。そんな社会において「当たり前」に成長し、「自然に」社会人となって生活するうちに、ふと「生きにくさ」を感じた人びとが、いま、みずからに名前を与えようとしている。近年の共依存概念の広がりは、アルコホリックが自分をアルコホリックだと認めたとき(自分の抱える問題に「アルコール依存症」というレッテルを貼ったとき)から回復の途につくように、現代社会を生きる人びとがみずからの回復のために、「共依存」という用語を必要としているということなのではないだろうか。



参考資料

*1 「共依存」という言葉を発見したと名乗る人は多いが、特定するのは困難である。心理学者であり、共依存分野の先導者でもある、Sondra Smalleyによると、ミネソタにある幾つかの異なる治療施設で、同時にその言葉が使われるようになったということなので、その情報からすると当時、薬物依存治療と12ステッププログラムの中心地だったミネソタにおいて発見されたと推測される。(Beattie[1987:33])

 

*2 精神医学分野において、嗜癖を病気と呼ぶことについての妥当性は、未だ解決しておらず、議論が続けられている。しかし、アルコール依存症はその犠牲者が抑制が効かなくなるという生理学上の理由から、病気として扱うというのが優勢的な見解である。(Krestan[1995:96])

 

*3 1930年代当時のアメリカでは、アルコール依存症を対象とした、公的施設がほとんどなく、アルコホリックという烙印を押された人の大部分は、精神病院か刑務所に行くことになっていた。(斎藤[1989:176])それを免れるために、Bill Wilson と Dr Robert Smith の二人は、治療者の助けを借りずに、みずからの手でアルコール依存症からの回復をめざして自助グループを組織した。

 

*4 AA設立者 Bill Wilson と Dr Robert Smith の妻である、Lois Wilson と Anne Smith が「アルコホリックと同じように、アルコホリックと一緒に生活している人間も、アルコールによって影響を受けている」という考えを基礎にして、配偶者がおかされているアルコール依存症による、その妻たちへの影響の仕方を取り扱うために設立した。多くのアルコホリックの回復に効果があったAAの12ステップに変更を加えて、自分たちの回復の指標にした。(Beattie[1987:33-34])

 

*5 AAの12ステップ(AA文書委員会訳、AA日本ゼネラルサービス・オフィス)

 

 1. われわれはアルコールに対して無力であり、生きていくことがどうにもならなくなったことを認めた。

 2. 自分自身よりも偉大な力が、われわれを正気に戻してくれると、信じられるようになった。

 3. われわれの意志と生命を、自分で理解している神、ハイヤー・パワーの配慮にゆだねる決心をした。

 4. 探し求め、恐れることなく、生きて来たことの棚卸表を作った。

 5. 神に対し、自分自身に対し、もうひとりの人間に対し、自分の誤りの正確な本質を認めた。

 6. これらの性格上の欠点をすべて取り除くことを、神にゆだねる心の準備が完全にできた。

 7. 自分の短所を変えて下さい、と謙虚に神に求めた。

 8. われわれが傷つけたすべての人の表を作り、そのすべての人たちに埋め合わせをする気持ちになった。

 9. その人たち、また他の人びとを傷つけない限り、できるだけ直接埋め合わせをした。

10. 自分の生き方の棚卸しを実行し続け、誤った時は直ちに認めた。

11. 自分で理解している神との意識的触れ合いを深めるために、神の意志を知り、それだけを行なっていく力を、祈りと黙想によって求めた。

12. これらのステップを経た結果、霊的に目覚め、この話をアルコール中毒者に伝え、また自分のあらゆることに、この原理を実践するように努力した。

 

*6 アルコール依存症の回復において、AAが「唯一誇るべき成果をあげている」理由を理論的に思索している研究として、ベイトソンの「<自己>のサイバネティックス ― アルコール依存症の理論」Bateson[1972=1982:

443-484])は、非常に意義深いものである。

 

*7 薬物依存の分野において、Virginia Satir は「家族療法」という概念を発展させ、Vernon Johnson や Sharon Wegscheider-Cruse などは、アルコール依存症を家族の病として認識し始めた。(Schaef[1986:8-11])

 

*8 本論文で使用する「嗜癖 addiction」という用語は、強迫観念にとらわれて行なうある種の強迫行為のことで、特に主体の快体験のともなうものを指している。

 

*9 「共依存」の英語表記について、最近では "co-dependency" も一つの単語として広く認知されるようになり、"codependency" として表記されることも多い。

 

*10 代表的な定義をいくつか挙げてみる。

 

・共依存概念の発展と共依存治療についての第一人者である、Sharon Wegscheider-Cruse によると、共依存は「他者あるいは他者の抱える問題への嗜癖、あるいはその問題と関係性への嗜癖」であり、共依存者とは「愛や結婚によって嗜癖者との関係に取り込まれた人で、少なくともアルコホリックの親や祖父母を持ち、あるいは感情障害的な家族の下で成長している」人を指している。(Schaef[1987=1993:41])

 

・家族療法の分野から共依存を定義している Robert Subby は、共依存がたんにアルコホリズムと結びつけられるべきではないという立場をとっており、「個人的な、または個人間の問題についての直接的な議論や、開かれた感情の表現を妨げるような抑圧的なルールによって仕込まれた、問題解決と生き方の機能不全的なパターン」として、共依存を家族体系に起源をもつものとしてとらえている。(Schaef[1986:19-21])

 

・カウンセリングの立場から共依存や12ステップ関連の本を出版している Melody Beattie は、「共依存者は、他の人の行為を自分自身に影響させる人であり、また、その人の行為をコントロールすることに取りつかれている人」であるとしながらも、共依存が病理であるという見方に対しては慎重であり、あくまでも共依存が「反応的な過程」であることを強調している。そして「共依存は病気ではないかもしれないが、あなたを病的にさせることができる。そして共依存はあなたの周りの人を病んだままにさせておくのを助ける」のだと述べている。(Beattie[1987:31-39])

 

*11 原文は“ A codependent person ”であり、訳者の判断により「共依存症」と訳し出されているが、本論文中の「共依存」と同義である。

 

*12 Sharon Wegscheider-Cruse は、共依存の定義としてみずからが挙げた3項目( ①愛や結婚によって嗜癖者との関係に取り込まれた人 ②アルコホリックの親や祖父母をもつ人 ③感情障害的な家族のもとで成長している人)のいずれかに該当する人、すなわち共依存者は、アメリカの全人口の約96%を占めるという指摘をし、共依存がアメリカの大多数の人びとにおよんでいるという認識を示している。(Scheaf[1987=1993:20])この数字については正確な科学的根拠はないものの、共依存の広がりという状況を示すひとつの興味深い指摘として、多くの研究家たちによって引用されている。

 

*13 ここでの記述には、臨床家のいういわゆる「自我境界」という概念が関係してくる。共依存の人びとは、自己の始まりと終わり、他者の始まりと終わりがどこまでかまったくわからなくなっており、自己が独立した存在ということを認識できていない。それゆえ、他人の感情と自分の感情とをはっきり区別することができず、他のすべての人、すべての物は、自己によって認知された通りに行われ、関係づけられ、決定されなければならないと感じているのである。(Schaef[1987=1933:54-55])

 

*14 ワーカホリックそれ自体は過程嗜癖と呼ばれているものだが、すべての嗜癖の基盤として関係嗜癖が位置しているので、ワーカホリックの考察を通しても共依存的な人間像が見えてくる。