共依存とはいかなるものかを具体的な特徴を挙げてみていくことにする。共依存に関する著書のなかには、数多くの特徴が挙げられているが、ここでは A.W.シェフによって挙げられた共依存者の特徴を中心に、いくつかのものを以下のようにまとめた。(Schaef[1987=1993:42-46])

 

・自分を価値の低い者と感じ、自分が他者にとってなくてはならない者であろうと努力する。

・他者からの好意を得るためなら何でもする。

・つねに他者を第一に考え、みずからは犠牲になることを選択する。

・奉仕心が強く、他者のために自分の身体的、感情的、精神的欲求を抑える傾向が強い。

・他者の世話をやくことによって、その他者が自分へ依存するように導く。

・強い向上心を持った完全主義者で、自分は物事を完璧にやれないから 良い人間ではない、方法さえ見出せば完璧にやりとげられるはずだと信じている。

・自分と他人との境界が曖昧*13で、他人の感情の起伏の原因が自分にあると思ってしまう。

・他者に対して不誠実、支配的で、自己中心的である。

・策略的な手段を用いる傾向があり、自分の気持ちを直視せず、平気で嘘をつく。

 

 これらの共依存者の特徴には、滅私的に他者尊重を行なう自己犠牲的な献身と、他者を支配しようとする自己中心的な他者操作という、一見、矛盾しているように思える要素が混在している。しかし、これらの共依存的行動の特徴の裏側に共通するものとして、精神分析医であり共依存に詳しい斎藤学は「他者をコントロールしたいという欲求」の存在を指摘するのである。また、加藤篤志はその「他者へのコントロール欲求」という視点を中心に、共依存者の特徴を次のようにまとめている。

 

   共依存者とは、自己自身に対する過小評価のために、他者に

  認められることによってしか満足を得られず、そのために他者

  の好意を得ようとして自己犠牲的な献身を強迫的に行なう傾向

  のある人のことであり、またその献身は結局のところ、他者の

  好意を(ひいては他者自身を)コントロールしようという動機

  に結び付いているために、結果としてその行動が自己中心的、

  策略的なものになり、しだいにその他者との関係性から離脱で

  きなくなるのである。(加藤[1993:75])

 

 このように「他人に必要とされる必要」に迫られた共依存者の利他主義的特徴は、実は自分自身の存在証明をかけた、きわめて自己中心的動機から発しているという矛盾を、すでにその内部に抱えている。あるがままの存在の自己としては、他者に受け入れてもらえるだけの価値があるとは考えることができない共依存者たちは、他者からの評価を得ることによってみずからの存在の意義を手に入れようと、他者の用意した「定義された自己像」に向けて、自己破壊的同調をしていく。そこには、度重なる夫からの暴力を受けながら、「この人を立ち直らせることができるのは、自分しかいない」という自負の念を支えに、耐えつづける被虐待妻 battered wife や、仕事への熱中と業績の達成、そして社会的評価の獲得というサイクルのなかに自己をつなぎとめ、会社によって自分が必要とされ、評価をされているという実感によって、自己の存在意義を手に入れている仕事中毒者 workholic*14の姿が浮かんでくる。A.ギデンズが「固着した関係性 a fixated relationship (Giddens[1992=1995:135])」と形容するこのような共依存的関係性においては、人は他人を、みずからの身の安全を確保するための手段とみなし、自分に評価を与えてくれる道具として利用しているにすぎない。そのような人間関係において繰り広げられる相互行為ではつねに、他者を自分の思う方向へ動かそうという「コントロールをめぐる権力闘争」が展開されており、それは、生きていく手段として、お互いを消耗し合っているに等しい状態なのである。