カントは、認識論において大転換を行うとともに、道徳論においても現


存する道徳にその存続を確固たるものにする方法論的基礎を築きあげ


た。


その方法は、善悪、幸・不幸とを峻別し、感性的で理性的な存在者とし


ての人間に普遍的な正しさに導くものである。



カントは、善悪の概念を、道徳法則に先んじてではなく、道徳法則の後


に、しかも道徳法則によって規定させるものとした。



したがって、カントは、従来の考え方のように「快」を得る手段を善と


名付け、不快と苦痛の原因であるものを悪としなかった。



仮に、このように考えるのであれば、善悪の概念は行動する主体の感情


に左右され、行動する主体に依存した概念になるのではないか・・・。


それでは、善悪が捻じ曲げられてしまう。



カントは、人間にとって普遍的に妥当性のある善悪の規定を提示しよう


としたのである。


確かにカントは、厳格に善悪の概念を示したが、カントの規定概念


は、独りよがりの道徳という側面もある。


その規定に普遍性はないとしたシュリング等の意見が出てきたのはある


意味で必然であったと思える。