多くの日本人が好きな考え方に善因(ぜんいん)善果(ぜんか)があります。


簡単に言えば、「よいことをすると報われる」という意味です。


「頑張れば報われる」「コツコツやっていれば、いつかはわかってもらえる」「誠意は必ず伝わる」という考え方も、善因善果説に基づいているのでしょう。



確かによいことをする動機になりますし、考え方として悪くはありません。


ですが、実際はどうでしょう。



生きていると、よいことをしても(=努力をしても)認められないことは、結構あるのです。


「頑張っても給料が上がらない」「一生懸命やっても上司に理解してもらえない」「家庭のために尽くしても家族の心がまとまらない」・・・・・・、誰もが経験しているでしょう。


そこで(つまづ)き、心を壊している人が実にたくさんいます。

・人生の前提(信念)・・・・・「よいことをすると報われる」はずだ


・現実・・・・・・よいことをしても報われない

このギャップに多くの人が苦しんでしまうのです。


「これだけやっているのに上司はなぜ認めてくれないの?」「こんなに愛情を注いでいるのに、子どもたちはどうして私の言うことを聞いてくれないの?」と。


苦しみの原因は、人生の前提(あるいは「信念」といってもよいでしょう)が、その人に合っていないことにあります。


解決するためには、「よいことをすると報われる」という前提を、違うものに置き変えればよいのです。



バランスセラピー学でオススメしている人生の前提は「全部が栄養」という考え方です。心理学の用語では(少し難しい言葉になりますが)、「自己(じこ)受容(じゅよう)といいます。


要は「自分を受け入れること」です。辞書によっては「自分にとって異質なものを受け入れること」と書いてある場合もあります。



具体的にどうすればよいのか、わかりやすくするために、私は次のように説明しています。

・全部が栄養(=自己受容)とは・・・・・・「自分自身の体験に一切の無駄はない。


その体験には自分自身の人生を成長させる意味や価値が含まれている」と考えること。

何かいやなことがあったり、受け入れがたい体験をしたりするたびに、「何か意味がある」「全部が自分の人生の栄養になるんだ」と考えるのです。


「そうか」「こういう意味があったんだ」と後になって気づくときがあるでしょう。一生懸命に意味を探す必要はありません。


「何か意味がある」と考えるだけで十分です。意味をこじつけて考えると、そのことがストレスになってしまいます。


それが「何であるか」は、いつか神様が教えてくれる、と考えておくとよいでしょう。



「全部が栄養」と考えると、ありのままを受け入れるので、「よい」か「悪い」か、あるいは「戦う」か「逃げる」か、の判断をしなくて済み、脳もカラダもラクになります。



そして、この考え方を身につけると、人生がいきいきとしてきます。


これまでカラダに染みついてきた善因善果説を「全部が栄養(=自己受容)」と思えるように変えるには、半年くらいはかかります。


ですが、やる気さえあれば、身につけることができます。


方法はカンタンです。まずは前出の2行の説明をそのまま暗記します。

私たち人間はすぐに忘れますので、洗面所や机の前に書いた紙を貼っておくとよいでしょう。


暗記できたら、何か不快なことがあるたびに、この言葉を思いだすようにします。


 苦手な人と話さなければいけないとき、お客様に頭を下げに行くとき、恋人に振られたとき、試験に落ちたとき、孤独に押しつぶされて心が壊れそうなとき・・・・・・。


 いつでも呪文のようにこの言葉をつぶやいてみてください。


心がふっと軽くなります。一度身につけてしまえば、自動的に脳が「全部が栄養」という考え方をするようになります。