白隠と釜の話・・きたないものはない



我々が、認識でものを見ているという分かりやすい話があります。


昔、座禅の中興の祖といわれる白隠という僧がおられましたがその方の話です。


外に出ていた弟子たちが寺に帰ってきますが、



色々なものを踏みつけてきていますので、足が汚いわけです。



その足を洗うのに、白隠は、ご飯を炊く釜を使って、


弟子たちに足を洗わせました。



そこで、釜だと気付かずに足を洗った弟子もいれば、自分が足を洗っているのは、



ご飯の釜だと気付いた弟子もいます。



そして、食事のときに、その釜に入ってご飯が出てくるのです。


すると、足を洗った釜だと気付いた人は、ご飯が食べられないのですが、


知らない人は美味しく食べるんです。


これを指して白隠禅師は「きたない」というのは実在しない。


もし、実在していれば、知らない人もご飯が食べられなくなるはずだと言ったのです。