われわれは外界から入ってきた刺激を様々な形で加工して,あるいは,認知の在り方により知的世界を構成している。


つまり,われわれは,現実の世界に住んでいるのではなく,認知の世界に住んでいるともいえる。


たとえば,恐怖心を抱いて夜道を一人で歩いていれば,何でもない音や影が怪物に見える。イワシの頭も信心次第ということもある。あるいは,逆に幸福感に満ちていれば,眼に映るすべてのものが美しくみえるものである。


次は空海の言である。


「心暗きときは すなわち遇うところ ことごとく禍なり  眼明らかなれば 途に触れて皆宝なり(空海)」 


心が沈んでいるとすべてが良くないことになる。心に光明があれば,すべてのことが、かけがえのない幸福になるという意味である。



 われわれが,夜空を見上げて星を見ている時は,どのような知覚が働いているのか。


広大な宇宙に浮かぶ無数の星は,われわれに,様々な図形を想像させる。つまり,これが星座であるが,星座は隣りあう領域で明るさや色に違いがあるときに輪郭が生じる。


この場合に,物理的に存在しない輪郭が知覚される。このように星座は,われわれの主観的輪郭,主観的ラインに過ぎない。これは,知覚過程が刺激全体を簡素に安定して知覚するように働いていることを示している。


 このように,われわれの知覚性を構成する過程は様々なズレや歪みがある。それは,大量で激しく変化する情報を効率的に処理して,可能な限り安定した世界を形成するためである。しかし,この仕組みが,けっして,現実の世界をそのまま映し出しているとはいえないのである。



よくよくわれわれ人間は、自分自身の認知について、気をつけなければならない。


(基礎課程Ⅱ自己統合を阻むものを参考にしてください)