「プラス思考」とか「ポジティブ・シンキング」ということが盛んにいわれます。どんなに都合の悪い状況でも、あきらめたり、落ち込んだりせずに、すべてを前向きに考えようというのが、いわゆる「プラス思考」です。


 しかし、人生には前進もあれば、後退を余儀なくされることもあります。ものごとのプラス面だけを評価し、そこにばかり価値を求めていたら、必ずやってくる人生のマイナス面を上手に受け止められなくなるのではないかと心配になります。


 プラス思考があれば、その前には、必ず、マイナス思考があったわけです。

長い間、落ち込んでいた人は、しばらくすると、だんだん頑張ろうと思いますし、長い間、頑張ってきた人は、徐々にくたびれて、頑張れなくなります。


 この、人間としての、自然なゆらぎや、リズムを大切にして、本当の意味で、自分とどう付き合っていけばいいのかを考えていく必要があります。プラス思考だけを強調するのは極端な考え方です。


 プラス思考ブームを見ると、むしろ、その背後に、人生のマイナス面に対する強い恐怖感が隠されている気がしてなりません。


 自信を喪失したり未来を悲観したりするマイナス思考になってはいけないという、強迫観念のようなものと言ったらいいでしょうか。


 しかし、避けようとすればするほど、そのものに逆に憑依されていくのが私たちの心です。常に元気がよい、常に明るい、常に自信満々。これらは、常に元気がない、常に鬱々としているのと同様、一種の「病」です。


 精神医学の分野では、元気のよいことや、明るいことは健康の指標ではありません。感情の両極をうまく移行できること、それが健康のしるしと見なされます。


 大事なのは、自信喪失や絶望、悲観、あきらめなどのマイナス思考に陥らないことではないのです。さまざまな感情のあいだで、上手に揺らぎながら生きていけることです。