無意識と自己実現

フロイトが無意識といい、ユングは潜在意識といいましたが、それがどこにあるかは言っていません。



しかし、無意識とか潜在意識というものが仮にあるとしたら、身体こそ、その「座」であり、身体と一つになって存在するものであるのです。


意識の深層という仮定された目に見えないものだけを相手にしていると、解釈に解釈を積み重ねることになります。その危うさの中で格闘しなくてはなりません。


しかし、身体から無意識や潜在意識を見ることによって、私たちは確実性を手にすることが出来ます。



心は現在と未来にありますが、身体は過去を生きてきたもう一人の自分です。その、もう一人の自分というものが、自分に背くのです。



たとえば、病気というのは過去の生活習慣が無理な状態になって出てきたものですが、その家族的な思考パターンとか、生活習慣というものは、自分自身の無意識に組みこまれているのです。



その無意識、つまり、身体というのは、過去を生きてきた自分だと考えていいのです。


その過去を生きた自分と、未来に向かおうとしている自分との間に摩擦があるのです。

それを取り除いて、摩擦をさせないで、自己実現させていこう、自分自身というものをありのままに表現していこうと考えたときに、リラクセーションというのは絶対的条件になります。